傷害罪とは?【被害者側、加害者側】事件後の流れ、対処法、裁判例など詳しく解説
【この記事の法律監修】
森江 悠斗弁護士(東京弁護士会)
森江法律事務所
傷害罪とは、他人の身体の生理的機能に障害を与える行為に対して科される罪です。刑法第204条で規定されており、物理的な暴力行為以外にも適用されることがあります。口論や日常的な揉め事がエスカレートし、傷害罪に関連するトラブルが発生してしまうというのは、身近でも起こり得ることといえます。
この記事では、傷害罪がどのような状況で成立するのか、またその罰則や具体的な裁判例を取り上げつつ、被害者・加害者それぞれが取るべき対策について説明していきます。
被害者の立場でどうするかという観点から、事件が起きた際に警察へ届け出を行う方法や、弁護士に相談するべきタイミング、さらには証拠の収集等について説明します。
一方で、加害者側としてどうするかという観点から、つまり、万が一事件を引き起こしてしまった場合、どのように法的対応を進めるべきかについても可能な限り説明します。弁護士への相談を通じて、示談交渉の進め方や刑罰の軽減策などをしっかり把握し、今後の生活に与える影響を最小限に抑えるための対策が重要となります。
1.傷害罪とは
傷害罪とは、簡単に言えば、他人の身体につき、生理的機能に障害を与える行為をいいます。
傷害罪は、刑法第204条で規定されています。具体的な条文は以下の通りです。
第二百四条
人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
引用:e-Gov法令検索 刑法(明治四十年法律第四十五号)
この条文では、他人の身体を傷害する行為が処罰対象であり、懲役または罰金刑が課される可能性があることを示しています。基本的な傷害罪では15年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。
1-1.傷害罪の公訴時効
刑事訴訟法第250条第3号によれば、傷害罪の公訴時効は10年とされています。公訴時効が成立すると起訴や訴追ができなくなってしまうため、注意が必要です。
1-2.量刑
捜査の後、起訴に至る場合でも、事案によって、懲役刑のうち実刑ではなく、執行猶予が付されたり、そもそも懲役刑ではなく罰金刑が科されることがあります。犯情に加え、被害者と和解が成立しているかなど、種々の情状事項が考慮され、最終的な刑罰が決まることとなります。
1-3.傷害罪と暴行罪の違い
暴行罪は、他人に対して有形力を行使する行為について成立しますが、その結果として、生理的機能に障害が生じた場合には傷害罪が成立します。これについて、「傷害罪は暴行罪の結果的加重犯である」などといわれたりします。
このことは、以下の暴行罪に関する刑法の条文からも読み取れます。
第二百八条
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
引用:e-Gov法令検索 刑法(明治四十年法律第四十五号)
2.傷害罪の成立について
2-1.傷害罪の裁判例
物理的な暴行以外により傷害が認められるケースも存在します。
今回は
- 精神的な被害によって傷害罪が成立した裁判例
- 騒音被害によって傷害罪が成立した裁判例
の2つを紹介します。
2-2.精神的な被害によって傷害罪が成立した裁判例
この事件(神戸地判平成21年4月17日裁判所ウェブサイト)では被告人の行為によって被害者に精神的な傷害を与えたとして、傷害罪が成立しました。
被告人は職場の上司である被害者に一方的な恋愛感情を抱き、2007年11月頃から2008年2月初旬まで大量のメールを送信し続けました。拒否された後も、2008年6月頃まで執拗なストーカー行為や名誉毀損行為を繰り返しました。その結果、被害者は適応障害とうつ病性障害を発症し、長期の通院治療が必要な状態に陥ってしまいます。
裁判所は、被告人によるこれらの行為の一部について、傷害の故意があったと認定し、精神的ストレスによる障害が生じるかもしれないことを認識しながら行為を継続したとして、傷害罪の成立を認めました。その結果、被告人は懲役3年の実刑判決を受けました。
参考:平成20(わ)第907号,第1021号,第1354号| 神戸地方裁判所 第1刑事部
2-3.騒音被害によって傷害罪が成立した裁判例
ある事件(奈良地判平成16年4月9日裁判所ウェブサイト)では騒音が原因で傷害罪が成立しています。以下は、騒音によって心のストレスが生じた場合でも、傷害罪が成立する可能性があることを示した判例です。
被告人は約1年6ヶ月にわたり、隣人に向けて連日連夜、朝から深夜まで大音量でラジオやアラーム音を鳴らし続けました。その結果、被害者に慢性頭痛症、睡眠障害、耳鳴り症の傷害を負わせました。
裁判所は、長時間の過大な音による精神的ストレスが身体に悪影響を与えるとし、被告人の行為を傷害罪の実行行為と認定しました。また、故意があったと判断しました。
被告人の行為の悪質性や被害の重大性、反省の欠如などを考慮し、裁判所は懲役1年の実刑判決を下しました。
参考: 平成15(わ)570| 奈良地方裁判所 刑事部
3.傷害罪の示談について
傷害事件が発生した場合、示談交渉を行うことがよくあります。示談が成立すれば、加害者は刑事罰を免れることがあるため、双方にとって有利な解決策となり得ます。
3−1.傷害罪で示談する方法
加害者側が行うべきことは、まず誠意を持って被害者に謝罪し、適切な賠償を行う意思を示すことです。その上で、被害者と冷静かつ丁寧に示談交渉を進めます。示談が成立した際は、示談書を作成し、書面で合意内容を確認します。
交渉は弁護士に依頼することが望ましく、専門家のアドバイスを受けながら慎重に対応することが大切です。
3-2.傷害罪の示談金の内訳
示談金としてどのようなものを請求するかにつき明確なルールはありませんが、大きく分けると、以下のとおりです。
- 財産的損害(治療費、逸失利益、休業損害等)
- 精神的損害(慰謝料等)
傷害罪の示談金には明確な相場は存在しません。負傷による治療費や、仕事を休んだことによる休業損害、精神的苦痛に対する慰謝料など、さまざまな損害項目を考慮して総額を決める必要があります。入通院が必要な場合、その期間に応じて入通院慰謝料を請求できる場合があります。
後遺症が残った場合、通常の慰謝料に加えて後遺障害慰謝料が請求できる場合があります。
4.傷害事件後の一般的な流れ
傷害事件が発生した場合、警察に通報がされるなどにより、捜査が開始されます。警察が犯人を見つけ、証拠を集めるために、現場の証拠や目撃者からの証言を集めます。
次に、警察は、逮捕の要件を満たす場合には、被疑者を逮捕する場合があります。その場合、制限時間内に、被疑者の身柄や集めた証拠を検察に送致します。その後、検察が事件を引き継ぎ、さらに調査を続けることになります。
その後、検察官は捜査の結果を踏まえて、被疑者を起訴するかどうかを決定します。以上のどこかで、示談交渉が行われることがあります。示談により不起訴処分となる場合もあれば、起訴されて刑事裁判に進む場合もあります。
5.【被害者側】傷害事件に遭ったら
ここからは、もしも傷害事件の被害にあってしまったら、どのような行動をするべきか紹介します。
5-1.警察に被害届を出す
傷害事件に遭った場合、まずは警察に被害届を出すことが重要です。緊急時は110番が必要ですが、緊急時でない場合の警察相談専用電話は「#9110」です。
しかし、喧嘩などのトラブルがあったとしても、必ずしも立件されて捜査が行われるわけではありません。軽微な事件だと判断されるなどの場合や、当事者間でその場での話合いにより解決ができるといった場合には、立件されない場合もあります。
5-2.告訴状を提出する
告訴とは、犯罪の被害者やその代理人が、警察や検察に対して「犯人を処罰してほしい」と求める手続です。告訴は、被害届と類似した被害申告の機能を有する手続ですが、被害者が犯人の刑事責任を追及する意思を示すより重要な手段となります。
第二百四十一条
告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。
②検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。
引用:e-Gov法令検索 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)
告訴状を提出することで、加害者に対する処罰を求めることができます。告訴状は自分で作成することも可能ですが、弁護士等に作成を依頼することもできます。
5-3.弁護士に相談する
傷害の被害に遭ってしまったら、早めに弁護士に相談することを強くおすすめします。弁護士に相談すれば、告訴状の作成や捜査に関連する具体的なアドバイスを受けることができるでしょう。
さらに、弁護士は捜査官との告訴相談に同席することも可能です。これらは弁護士にのみ許された業務であり、専門的なサポートを受けることで、事件解決までのプロセスがよりスムーズに進みます。
加害者に対して慰謝料や損害賠償を請求する際、弁護士を通さずに交渉を進めると、適正な賠償金が得られないリスクが高まります。弁護士がいない場合、不利な条件で示談を受け入れてしまう可能性があるからです。傷害事件における後遺障害の賠償金額は、思っている以上に高額になることがあり、弁護士のサポートを受けることが大切です。
また、示談交渉がうまく進まない場合、加害者からの嫌がらせや報復も考えられますが、弁護士が介入することでこうしたリスクも軽減できます。被害者は精神的な負担からも解放され、安心して平穏な生活を取り戻せるでしょう。
弁護士相談にかかる費用の相場は事案によって異なりますが、費用対効果を考えると弁護士に依頼するメリットは非常に大きいです。弁護士のサポートを受けることで、適切な賠償金を得て、将来的な経済的・精神的な不安を解消することが可能です。
5-4.傷害事件の証拠を集める
傷害事件の証拠には、以下のものが該当します。
- 防犯カメラの映像
- 目撃者の証言
- 医療機関で発行された診断書
- 凶器
- 指紋等
これらの明確な証拠がないとも思える場合でも、被害を受けた場合には、警察や弁護士に相談しましょう。
また、傷害事件に遭い怪我を負った場合は、病院で診断書をもらうことが重要です。診断書は後日の示談交渉等において重要な証拠となります。
診断書には、怪我の状況や治療の内容が正確に記載してもらいましょう。医師には、怪我の部位や程度、治療期間の見込みなどを正確に伝え、診断書にその内容が漏れなく反映されるように確認してください。
さらに、怪我を負った場合は、可能な限り早く医療機関を受診することが大切です。診断書の発行が遅れると、怪我と事件との因果関係が曖昧になる可能性があります。時間が経過すると、加害者側から「怪我は別の原因ではないか」という反論をされるリスクがあるため、早めの診断書取得が不可欠です。
5-5.民事での損害賠償を検討する
刑事事件とは別に、民事訴訟により損害賠償を求めることも可能です。民事での損害賠償は、民法第709条の不法行為が成立する場合に請求できます。
以下に、民法の条文を紹介します。
第七百九条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
引用:e-Gov法令検索 民法(明治二十九年法律第八十九号)
6.【加害者側】傷害事件を起こしたら
次に、傷害事件を起こしてしまった場合について見ていきましょう。加害者となってしまったら、法的な手続に精通した弁護士に相談し、今後の対応を適切に進めることが重要です。
警視庁の統計によると、令和5年の傷害の認知件数は、22,169件、そのうち検挙件数は17,954件でした。検挙された人数は19,902人で、検挙率は81%です。
参考:令和5年の刑法犯に関する統計資料|警視庁
データを見ると、傷害事件における逮捕の割合は高く、被害者が重傷を負っている場合や、証拠が明確に残っている場合には逮捕の可能性がより高まるでしょう。
6-1.自首する
自首は、傷害事件を引き起こした後にできる最善の対応の一つです。
自首することで、自分の行為を反省しているという強い意思を示すことができます。刑法では、一定の要件を満たした場合で、かつ、自首を行った場合、刑が軽減される可能性があります。自首は、被疑者が自ら罪を認め、捜査機関に協力する姿勢を示す行動とみなされるため、裁判所はこれを情状の一つとして考慮します。
6-2.弁護士に相談する
傷害事件を起こしてしまった場合、弁護士に相談することが早期解決への重要なステップです。特に、逮捕の可能性があると考えられる場合には、弁護士への相談を優先するべきです。他にも、加害者が濡れ衣を着せられる場合、つまり、冤罪の場合で、無罪を主張する場合にも、当然、適切なサポートを受けられます。
傷害事件で逮捕されると、さまざまな影響が生じます。まず、逮捕により身柄が拘束され、自由が制限されます。また、会社からの解雇や学校からの退学といった社会的な制裁を受ける可能性もあります。さらに、場合によっては、報道によって事件が公になることで、周囲の人々に知られ、社会的信用や評判に大きなマイナスの影響が及んでしまうこともあり得ます。
6-3.罰金や慰謝料等を払う
加害者として負う可能性のある罰金や慰謝料等の賠償金は、金額が高額になる場合があります。特に、被害者が入院や手術を要するような深刻な怪我を負った場合、賠償金が大きくなる傾向があります。
もし慰謝料等を支払えない場合、分割払いの交渉を行うことも可能です。まずは弁護士に相談しましょう。最悪のケースでは、財産の差し押さえや破産手続きに移行する場合もあるため、注意が必要です。
万が一支払い能力がない場合でも、誠意を持って被害者と示談交渉を進めることが重要です。被害者との示談が成立すれば、刑事裁判における量刑が軽減される可能性もあります。
7.まとめ
傷害事件は被害者にとって大きな精神的・身体的苦痛を伴い、加害者にとっても社会的・経済的な影響が避けられません。そのため、事件が発生した場合は、できるだけ早く適切な対応を取ることが重要です。
被害者側は、警察に被害届を出したり、弁護士に相談して告訴状を提出するなどの手続きを行うことで、自身の権利を守ることができます。また、証拠を確保することや、診断書を取得することも重要です。
一方で、加害者側は、弁護士に相談し、自首や示談交渉などを通じて、刑事手続きの中でできる限り有利な立場を確保することが求められます。特に逮捕の可能性がある場合は、早期の法的サポートが必要です。示談が成立すれば、事件が軽減される可能性も高まるため、被害者と加害者が互いに話し合い、解決策を見つける努力が求められます。
弁護士のサポートを得ることで、加害者との示談が円満に進み、法的な問題が解決することで、被害者は再び安心して平穏な生活を取り戻せます。最悪の結果を避け、前向きな再スタートを切ることができるでしょう。