退職者の競合/競業への転職トラブル【企業側向け】情報の持ち出しや、営業秘密の悪用対策
【この記事の法律監修】
宮岡 遼弁護士(第一東京弁護士会)
スタートビズ法律事務所法律事務所
競業避止義務とは、従業員が会社と競合する事業を行ってはならないという義務のことです。しかし、競業避止義務を巡るトラブルは従業員と企業の間でしばしば生じ、場合によっては法的な問題に発展することも少なくありません。
本記事では、競業避止義務がどのような状況で適用されるのか、具体的な裁判事例を交えながら詳しく解説していきます。弁護士への相談方法や内容証明の送付先も紹介します。
企業側としては、もし従業員に競業避止義務を違反された場合、どのように対処すべきか、その具体的な方法を知ることができるでしょう。
また、従業員側は、競合他社への転職が違法になるのか、さらに前職で得た情報を活用して仕事をすることが法的に問題ないのかが分かります。必要に応じて適切な対応策を考えるためのヒントが得られるはずです。
1.競業避止義務とは
競業避止義務とは、従業員が退職中や退職後に自分が所属する会社や所属していた会社と同じ業界で働いたり、独立して似た仕事をすることで、会社に不利益を与えないように制限するための規制です。これは企業にとって、ビジネスの機密情報や取引先リストの流出を防ぎ、事業の安定を守るために重要な役割を果たします。
この義務は、従業員が自ら競合する事業を始めることだけでなく、競合他社に就職することも含まれます。従業員は在職中、会社に対する誠実義務から、会社と競合する事業を行ってはならず、万が一義務に違反した場合には、会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります。
1-1.競業避止義務の6つの判断基準
判例では、競業避止義務契約の内容が妥当かどうか、以下の6つの観点から判断されています。
- 守るべき企業の利益があるかどうか
- 従業員の地位が、競業避止義務を課す必要性が認められる立場にあるものといえるか
- 地域的な限定があるか
- 競業避止義務の存続期間について必要な制限が掛けられているか
- 禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか
- 代償措置が講じられているか
競業避止義務は、会社が守るべき大切な利益があるという前提で成り立っています。従業員の仕事の選択を不当に制限しないように注意し、必要な範囲内でのみ制限をかけるなら、その契約は有効とされます。
ただし、裁判所の判断は、それぞれのケースの具体的な状況によって大きく異なります。具体的な内容については、弁護士に相談することをおすすめします。
1-2.競業避止義務と職業選択の自由の関係
次に、競業避止義務と職業選択の自由の関係を見ていきましょう。職業選択の自由は、憲法第22条に定められています。
第二十二条
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
引用:e-Gov法令検索 日本国憲法(昭和二十一年憲法)
職業選択の自由は、憲法で保障された基本的な人権であり、誰もが自由に職業を選択し、働くことができる権利です。競業避止義務と職業選択の自由は、一見相反する概念のように思えますが、どちらも重要です。両者のバランスをどのように取るかが大切なポイントとなるでしょう。
2.競業避止義務に関連する法律
競業避止義務は、いくつかの法律に基づいて定められている義務です。関連する法律である、不正競争防止法と個人情報保護法について見ていきましょう。
2-1.不正競争防止法上の営業秘密とは
営業秘密とは、法律で保護される秘密情報のことです。企業が競争上の優位性を確保するために非公開で保持している価値のある情報であり、取得、利用、開示などが制限されています。不正競争行為によって競合他社に漏洩されることを防ぐために、法律的に保護されている情報です。
営業秘密と競業避止義務は、企業の競争力を守るためにお互いに強く関係していると言えるでしょう。
参考:e-Gov法令検索 不正競争防止法(平成五年法律第四十七号)
2-2.個人情報保護法上の個人情報データベース提供罪
個人情報保護法上の個人情報データベース提供罪では、第三者に対して個人情報データベースを提供することを禁止しています。具体的には、個人情報データベースを運営する事業者が、他の事業者や個人に対してそのデータベースを提供することは禁止されています。この禁止を犯した場合は、刑事罰が科せられる可能性があります。
企業は、競業避止義務と個人情報保護法を組み合わせて、従業員が退職後に不正な行動を取らないようにすることが一般的です。
参考:e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十七号)
3.競業避止義務に関する裁判例
ここでは、競業避止義務に関する実際の裁判例を紹介します。同業種の企業への転職で競業避止義務に違反したケースと、取引先の企業への転職で競業避止義務に違反したケースを、それぞれ見ていきましょう。
3-1.同業種の企業
裁判例の1つ目は、清掃サービスのフランチャイズ契約を巡る裁判です。フランチャイズ契約を結んでいた被告A(元フランチャイジー)が、契約終了後に同じ場所で清掃サービスの事業を始めたため、フランチャイザーである原告が訴訟を起こしました。
裁判では、被告A(元フランチャイジー)が、契約で禁止されていた競業行為を行っていたことを認めました。その結果、競業禁止条項違反と商標権侵害により、違約金と損害賠償を支払うことになりました。
参考:平成29年(ワ)第33490号 営業差止等請求事件|東京地方裁判所
裁判例の2つ目は、バンドとマネージメント会社との契約終了後に発生したトラブルに関するものです。
契約には、バンドが契約終了後6ヶ月間は、マネージメント会社の許可なく活動できないという競業避止義務の条項がありました。バンドは、この条項が独占禁止法に違反し、自分たちの活動を不当に制限していると主張しました。
しかし、裁判所は、バンドがマネージメント会社に依存していた状況や、バンド活動再開のための契約締結を制限されることを考慮し、競業避止義務の条項が無効であると判断しました。
参考:令和4(ネ)10059損害賠償請求控訴事件|知的財産高等裁判所
3-2.取引先の企業
次に、取引先の企業への転職で競業避止義務に違反した裁判例を紹介します。この事件では、被告B氏が原告A社を退職後、別の会社である被告C社に転職しています。この被告C社は、原告A社の取引先であるD社から業務を受託していた企業です。
事件の背景には、被告B氏が原告A社で行っていたテスト業務に関連する電子ファイルを無断で持ち出し、それを転職先の被告C社で使用したことが問題となっています。これにより、原告は被告B氏に対して、秘密情報やノウハウの持ち出し、競業避止義務違反、不正競争防止法違反などを主張しています。
争点は、被告らが原告A社の知的財産を不正に利用して利益を得たかどうか、そして被告B氏が原告との契約に違反したかどうかに関するものです。裁判の結果、持ち出されたファイルを使って不正な利益を得たとは認められず、事件の判決は、原告の請求が棄却されるというものでした。
参考:令和1(ワ)12715 損害賠償請求事件|東京地方裁判所
4.競業避止義務に違反されたら会社側がするべき対応
競業避止義務に違反された場合、会社側としては迅速かつ適切な対応を行うことが重要です。会社側がするべき具体的な対策方法を解説します。
4-1.弁護士へ相談する
従業員の競業避止義務違反が発覚したら、まず弁護士に相談しましょう。法的なアドバイスを得るため、労働問題や企業法務に詳しい弁護士に依頼することをおすすめします。
弁護士に相談する際、競業避止義務だけでは十分に対処できない場合もあります。ですが、その場合でも、営業秘密の管理に基づく法的対策を取ることで、企業の利益を守れる可能性があります。弁護士は、情報の性質や管理方法を詳しく確認し、適切な法的手段や予防策を提案してくれるでしょう。
弁護士に相談する際には、まず問題となる情報が「営業秘密」として保護される可能性があるかどうかを確認することが重要です。
営業秘密の定義は厳格であり、情報が実際に秘密性を有していること、管理が適切に行われていること、そして競争上の価値を持つものであることを示す必要があります。これらの要件を満たす場合、営業秘密の不正な持ち出しや利用に対して、法的手段を講じることが可能です。
さらに、従業員が退職後に競合企業に転職する際、在職時にアクセスした営業秘密や機密情報を不正に利用するリスクが生じます。このような状況では、情報の悪用を防ぐために、より適切な法的措置を検討することが必要です。
4-2.内容証明を送る
弁護士名義で、退職者に対して競業避止義務に違反している旨を通知する内容証明を作成します。
内容証明は、退職者に疑義のある行為について正式に通知するため、証拠として残すために使用されます。また、相手の行動を注意させる効果も期待できるでしょう。内容証明には、具体的にどのような行為が競業避止義務に違反するのか、今後の行動についての要求、及び違反が続いた場合の法的措置について記載します。
主要な内容証明の送り先は、以下の通りです。
- 社員本人
- 身元保証人
- 転職先の会社
まずは退職した社員本人の住所へ内容証明を送付することが基本です。これにより、本人に直接的な警告を行うことができます。
また、退職者が身元保証人を立てている場合、状況によっては身元保証人にも内容証明を送付することが考えられます。身元保証人に対しても競業避止義務の重要性を理解してもらうことが目的です。
転職先の会社に対しても内容証明を検討する場合があります。特に、競業避止義務に反して転職先が関連業務に従事する場合には、その企業に対して警告を行います。ただし、法律上の要件やプライバシーに配慮し、送付に問題がないかを十分に確認することが重要です。
5.損害賠償が認められた裁判例
次に、競業避止義務に違反し、損害賠償が認められた裁判例を紹介します。
5-1.顧客情報を持ち出した事件
顧客情報を持ち出したことで、損害賠償が認められた裁判例を2つ紹介します。
1つ目の裁判例、営業侵害行為差止請求事件では、原告が競業避止義務違反を理由に、被告らに対して損害賠償と顧客名簿の不正使用停止などを求めました。被告株式会社A社と被告株式会社B社、およびC社は、共同で行っていた事業の競合サービスを提供し、顧客名簿を無断で使用したとされています。
裁判所は、競業避止義務違反に関して一部認め、被告A社に87万2067円、B社およびC社に連帯して17万1946円の支払いを命じました。
参考:令和2(ワ)23432営業侵害行為差止請求事件|東京地方裁判所
2つ目の裁判例では、原告株式会社A社と被告らの間で競業避止義務に関する争いがありました。被告らは、原告らの営業秘密である顧客情報を不正に取得し、退職後にそれを使用して競業活動を行ったと主張されました。
裁判所は、原告らが適切に顧客情報を管理し秘密保持義務を課していたことを認定しました。被告らが不正な手段や悪意で顧客情報を取得し競業活動を行ったと判断し、損害賠償を命じる判決を下しました。
参考:平成21(ワ)24860損害賠償請求事件|東京地方裁判所
5-2.技術情報を持ち出した事件
次に、技術情報を持ち出したことで、損害賠償が認められた裁判例を2つ紹介します。
1つ目の裁判例は、ドール製造販売会社「A製作所」と「B社」の間で起こりました。B社は、A製作所が、B社の業務委託契約で知り得た技術情報や営業情報を利用して、類似商品を製造販売したと主張し、損害賠償と製造販売の差し止めを求めました。
裁判では、A製作所がB社に対して、競業避止義務を負っていたかどうかが争点となりました。裁判の結果、A製作所はB社に対して、400万円の損害賠償を支払うことになりました。
参考:平成14(ワ)22433等損害賠償等請求事件|東京地方裁判所
2つ目の裁判例は、同業種の企業である原告のA株式会社と被告会社の株式会社B社の間で起こったものです。原告は、被告会社の顧問に就任した元代表取締役である被告Aが、原告の機密情報である炭素繊維の粉砕・分散技術を被告会社に提供したことで、原告が損害を被ったと主張しました。
原告は、被告Aが原告の取締役としての忠実義務と競業避止義務に違反したと主張し、被告会社も被告Aとの共同不法行為によって原告に損害を与えたと主張しました。被告Aは、提供した技術は業界で一般的なものであり、原告の独自の技術ではないと主張しました。
裁判所は、被告Aが提供した技術の一部が原告の独自の技術であると認め、被告Aが競業避止義務に違反したと判断しました。その結果、原告が求めていた損害賠償の一部が認められるという結果になりました。
参考:令和1(ワ)18281損害賠償請求事件|東京地方裁判所
6.【企業側】競業避止義務に関するよくある質問
ここからは、競業避止義務に関するよくある疑問を紹介します。
- 企業側が在職中の従業員の競業行為を咎める事は可能か?
- 企業側が退職者の競業行為を咎める事は可能か?
- 営業秘密・個人情報データベース提供罪でデータの利用を停止させられるか?
について解説します。
6-1.企業側が在職中の従業員の競業行為を咎める事は可能か?
在職中に従業員が競合行為を行っている場合、会社はその行為を咎めることが可能です。
通常、従業員は就業契約や社内規程に従い、会社の業務と利益を優先する義務があります。
法的根拠としては、労働契約法や契約に基づく忠実義務が適用されます。ただし状況によっては競業避止義務違反になるかどうかが変わるため、まずは弁護士へ相談してみるのがよいでしょう。
6-2.企業側が退職者の競業行為を咎める事は可能か?
競合会社に転職しただけでは、通常、会社は退職者を辞めさせたり訴えたりできませんが、退職者が競業避止義務を負っている場合は違反となる可能性があります。この場合、会社は法的措置を取ることができ、転職先が退職者を受け入れないこともあります。
もし競業避止義務や営業秘密の流出があれば、会社は退職者を訴えることが可能です。ただし、競業避止契約の有効性は、その範囲や期間、地域、代償の有無、そして職業選択の自由とのバランスを考慮して判断されます。
6-3.営業秘密・個人情報データベース提供罪でデータの利用を停止させられるか?
営業秘密や個人情報の不正利用は、不正競争防止法や個人情報保護法に違反する可能性があります。これに基づいて、持ち出しデータの利用を停止させることができ、不正があれば損害賠償や差止請求などの法的手段を取ることも可能です。
7.【転職者側】競業避止義務に関するよくある質問
続いて、転職者側のよくある質問をまとめました。
- 競合へ転職する事は違法なのか?
- 前職の情報を活かして活動することは違法なのか?
を見ていきましょう。
7-1.競合へ転職する事は違法なのか?
職業選択の自由は憲法で保障されていますが、競業避止義務がある場合、競合企業への転職は契約違反となる可能性があります。
競業避止義務は退職後、一定期間特定の競合企業への勤務を制限する契約で、企業は法的手続きで転職を阻止したり損害賠償を請求することがあります。転職者は自己の契約内容を確認することが重要です。
ただし、競業避止義務が不合理な場合や法令に反する場合は、転職の阻止が難しいこともあるでしょう。
7-2.前職の情報を活かして活動することは違法なのか?
前職で得た一般的な知識やスキルを活用することは問題ありませんが、前職の営業秘密を利用すると不正競争防止法違反になる可能性があります。また、顧客の個人情報を無断で利用すると個人情報保護法違反になる場合や、前職で作成した著作物を無断で使用すると著作権侵害になる場合も考えられます。
具体的な機密情報や個人情報の利用は避け、必要があれば法律の専門家に相談することをお勧めします。
8.まとめ
競業避止義務は、従業員が退職後に企業の競合相手になる行為を制限する重要な契約です。企業は、従業員が営業秘密や機密情報を不正に利用することを防ぐために、この義務を適用し、違反があれば法的手段を取ることが可能です。一方で、競業避止義務が不合理であったり、職業選択の自由を不当に制限する場合は無効とされることもあります。
万が一、競業避止義務違反が発覚したら、必要に応じて弁護士に相談することが重要です。
弁護士に相談せず、競業避止義務や営業秘密の保護が不十分だと、企業は大きな危険にさらされます。競合会社に情報が漏れ、不正に使われることで、会社の強みを失い、売上やシェアが減る恐れがあります。
さらに、証拠が揃っていないと、裁判で勝つのが難しくなります。最悪の場合、損害賠償や信用の低下が、会社の存続に深刻な影響を与えることもあるでしょう。
リスクを避けるためにも、早い段階で弁護士に相談し、競業避止義務や営業秘密の保護対策を行うことが重要です。弁護士のアドバイスを受けることで、問題が起きても素早く対処できます。企業は信用と競争力を守り、安定した成長と事業拡大の基盤を築けるでしょう。