タイムカードの改ざんは違法か?【会社向け、従業員向け】何の罪になる?事例は?
【この記事の法律監修】
熊本 健人弁護士(大阪弁護士会)
磯野・熊本法律事務所
「人件費を抑えるため、残業時間を実際より少なく記録したい」「他の従業員との間で、暗黙の了解で不正な打刻を行っている」このようなタイムカードの改ざん・不正は企業と従業員双方にとって深刻な問題です。不正行為は職場の信頼関係を損なう原因ともなります。
また、これらの問題に直面した場合には、法的リスクを回避するためにも弁護士への相談を視野に入れることが重要です。
本記事では、タイムカードの改ざんが違法である理由について、具体的な例を交えながら詳しく解説しています。
この記事を読むことで、タイムカードの改ざんが違法である理由や、それに伴う法律について詳しく理解できます。自分自身や従業員を法的リスクから守ることにもつながるでしょう。
1.タイムカードの改ざんは違法である
結論から申しますと、タイムカードの改ざんは違法です。具体的に、どの法律に抵触するのか、次章で詳しく解説いたします。
2.タイムカードの改ざんにより抵触する可能性のある法律
ここからは、タイムカードの改ざんにより抵触する可能性のある法律をご紹介します。
2−1.労働基準法
労働基準法では、残業代について、以下のように定められています。
労働基準法 第三十七条
労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
引用:e-Gov法令検索 労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)
残業や休日出勤をしたら、会社は通常の給料よりも高い割増賃金を支払わなければいけません。ですが、会社側が従業員に支払うべき残業代を減らすために、タイムカードを改ざんして労働時間を少なく記録することがあります。
第三十七条に違反した場合、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処されます(労働基準法第109条)。
2-2.労働契約法
労働契約法では、使用者が労働時間を適切に管理できていない場合、安全配慮義務を果たしていないと解釈される可能性があります。
労働契約法 第五条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
引用:e-Gov法令検索 労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)
3.タイムカードの改ざんにより抵触する可能性のある犯罪
次に、タイムカードの改ざんにより抵触する可能性のある犯罪をご紹介します。
3-1.私文書偽造罪
労働時間を不正に操作する行為は、私文書偽造罪に該当するケースがあります。
刑法 第百五十九条
行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
引用:e-Gov法令検索 刑法(明治四十年法律第四十五号)
3-2.詐欺罪
従業員側がタイムカードを不正に操作して、働いていない時間の給与を不正に取得した場合、詐欺罪に問われるおそれがあります。
刑法 第二百四十六条
人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
引用:e-Gov法令検索 刑法(明治四十年法律第四十五号)
3-3.従業員側は刑法違反になる可能性も
タイムカードを改ざんすると、その他の刑法違反でも、従業員側が罪に問われる可能性があります。
タイムレコーダーは会社の所有物なので、壊すと器物損壊罪に問われる可能性があります(刑法第261条)。また、不正に記録を作る行為についても、電磁的記録不正作出の罪に問われるおそれがあります(刑法第261条の2)。
4.タイムカードの改ざんが発生する背景とは
さまざまな罪に問われる可能性のあるタイムカードの改ざんですが、なぜ発生してしまうのでしょうか。ここでは、会社側・従業員側の改ざん理由をそれぞれ紹介します。
4-1.会社側がタイムカードを改ざんする理由
会社側がタイムカードを改ざんする理由の一つとして、残業代や賃金を不正に削減することが挙げられます。労働時間の記録を減らすことで、本来支払うべき金額よりも少なくしようとするケースです。
また、労働基準法違反を隠蔽するために、記録を改ざんし、違法な労働状況を偽装しようとする場合もあります。雇用関連の助成金を不正に受給するため、従業員の労働時間や雇用状況を偽装するといった、悪質性が高い理由も考えられるでしょう。
4-2.従業員がタイムカードを改ざんする理由
従業員がタイムカードを改ざんする理由はさまざまです。例えば、意図的に労働時間を長く見せて、残業代や手当を多く受け取ることがあります。また、遅刻や早退を隠すために、実際の出勤や退勤時間を誤って打刻することもあります。
さらに、職場の暗黙の了解や雰囲気によって、従業員が自主的または半ば強制的にタイムカードを改ざんすることもあり、こうした問題はかなり根深いです。
5.従業員がタイムカードの改ざんを行っていたら
従業員がタイムカードの改ざんを行っていた場合、適切な対応が必要です。
5-1.賃金の返還を求める
従業員の改ざんによって不当に支払われた金額について、具体的な証拠や計算を整理します。そのうえで、文書を作成し、賃金の返還を求める理由を明示しましょう。返還を求める期限を設定し、その期限内に対応するよう求めます。
5-2.従業員への教育・対処を行う
従業員によるタイムカードの改ざんが発覚したら、組織の倫理基準や就業規則の中で改ざんに関する具体的な内容を明確に定め、従業員に対して周知することが重要です。特に、タイムカードや勤務時間の管理に関する規則を明記し、再度教育を行いましょう。
従業員の不正行為から会社を守るためには、迅速かつ適切な対応が必要です。弁護士に相談し、法的措置を含めた対応策を検討することで、冷静に問題解決を図ることができます。
会社側が弁護士への相談を適切に行わずに、問題を放置してしまうと、社内の士気が低下したり、外部からの評判が損なわれたりするリスクもあります。さらに、法的問題がメディアで報道されることで、顧客や取引先からの信頼を失う可能性も考えられます。
最悪の場合、事業の一部または全部が停止に追い込まれるリスクもあり、会社の存続を脅かす事態に発展することもあり得るでしょう。このような事態を避けるためには、早期に専門家である弁護士に相談し、適切な法的措置を講じることが重要です。
6.会社側がタイムカードの改ざんを行っていたら
会社側がタイムカードの改ざんを行っていた場合、許される行為ではありません。労働者の権利を著しく侵害している可能性があり、早急な対応が必要です。具体的な手段についてご紹介します。
6-1.労働基準監督署に相談する
労働基準監督署に相談することは有効な手段です。労働基準法に基づいて適切な対応をアドバイスしてもらえます。しかし、闇雲に相談するのではなく、よりスムーズに問題解決を進めるための準備が重要です。
6-2.まずは証拠を集める
不正を主張するには、具体的な証拠が必要です。スマートフォンのアプリやノートを活用し、自身の勤務時間を自主的に記録することから始めましょう。タイムカードや給与明細のコピーなど、改ざんの証拠を集めておくことが重要です。他の同僚が同様の問題を経験している場合、彼らの証言や証拠も集めると有効かもしれません。
具体的な証拠には、以下のものがあります。
- タイムカードのコピーや写真:可能であれば、原本を保管しておきましょう。
- 給与明細書:タイムカードの打刻時間と給与計算に矛盾がないか確認しましょう。
- 銀行の振込記録:実際に振り込まれた給与額と、計算上の給与額に差異がないか確認しましょう。
6-3.会社側と話し合う
証拠を集めたら、次に会社側と話し合うステップに移ります。まずは直接的な上司や人事部門と話し合い、状況を説明し改善を求めることが一般的です。話し合う際には、冷静な態度で、具体的な証拠をもとに説明することが大切です。
また、話し合いの内容は録音したり、書面に残すなどして記録を残しましょう。後々、証拠となる可能性があります。
6-4.法的手段を取る
弁護士と相談して法的手段を考えることも選択肢の一つです。会社があなたのタイムカードを不正に操作していた場合、未払い分の給与を請求できるか相談しましょう。
弁護士と相談しないまま放置してしまうと、会社によるタイムカードの不正操作が明るみに出ることは難しく、結果的に長期間未払い分の給与を受け取れないままになる可能性があります。しかし、弁護士と相談することで、権利をしっかりと守りながら未払い分の給与請求が可能になります。
会社側にタイムカードの改ざんをされてしまった従業員の方は、弁護士と力を合わせて、より良い結果を目指しましょう。安心して幸せな未来を築く一歩を踏み出すことが重要です。
7.もしも会社側からタイムカードの改ざんを指示されたら
もし、会社側からタイムカードの改ざんを指示されてしまったら、自分の良心に従い、拒否することが重要です。半ば強引に改ざんを指示された場合には、まず会社のコンプライアンス部門、人事部などに相談しましょう。一人で抱え込まず、誰かに相談することが大切です。
タイムカードの改ざんを指示するような会社は、労働環境として問題があります。自分自身の身を守るためには、転職も視野に入れるとよいでしょう。
8.タイムカードの改ざんを未然に防ぐには
タイムカードの改ざんは、会社と従業員双方にとって大きなリスクです。未然に防ぐための具体的な方法として、以下の3つを詳しく解説します。
8-1.タイムカードを厳重に保管する
従業員による不正打刻や、管理者による改ざんを防ぐために、タイムカードを厳重に保管しましょう。具体的には、関係者以外立ち入り禁止エリアや、鍵付きの保管庫などを利用することを推奨します。
タイムカード自体を廃止し、よりセキュリティの高いシステムに移行することも、ひとつの手段です。
8-2.就業規則を見直す
タイムカードの打刻方法や改ざんに対する罰則などを明確に就業規則に記載します。社員が不正行為に対する理解を深められるようにします。
定期的に就業規則の研修を行い、全員がルールを遵守することの重要性を再確認する機会を設けることで、従業員の意識を高められるでしょう。
8-3.勤怠管理システムを導入する
勤怠管理システムを導入し、タイムカードをデジタル化することで、改ざんリスクを減らせます。
勤怠管理システムには
- クラウドシステム
- オンプレミスシステム
- 生体認証システム
があります。
クラウドシステム
クラウド型勤怠管理システムは、インターネット経由でサービスを提供する形態です。従業員は、パソコンやスマートフォンから専用のウェブサイトにアクセスし、出退勤の打刻などを行います。
クラウドプロバイダーがデータのバックアップやセキュリティ対策を行うため、万が一のデータ損失のリスクが低減することも、クラウドシステムのメリットのひとつです。
オンプレミスシステム
オンプレミスシステムは、企業が自社内にサーバーを設置し、ソフトウェアをインストールして運用する形式の勤怠管理システムです。打刻データは、自社内のサーバーで管理されます。自社の運用に合わせて、システムを自由にカスタマイズできるというメリットがあります。
生体認証システム
生体認証システムは、指紋、顔、虹彩などの生体情報を利用して従業員の本人確認を行う勤怠管理システムの一形態です。生体情報は本人しか持たないため、なりすましなどの不正を防ぐことができます。厳格な勤怠管理が必要な企業に最適な勤怠管理システムです。
9.タイムカード改ざんに関する実際の裁判例
最後に、タイムカード改ざんに関する実際の裁判例を紹介します。
9-1.解雇無効等請求事件
まずは、解雇無効等請求事件を紹介します。昭和42年3月2日の裁判で、タイムカードの不正行為が懲戒対象となることの重要性を示しています。
この裁判例は、タイムカードの不正打刻に関する内容を扱っています。従業員である被上告人は、同僚Dが組合大会に出席して不在にもかかわらず、その出勤を偽装するためにタイムカードで不正に打刻を行いました。会社側はこれを重く捉え、懲戒解雇の処分を行いましたが、原審では突然の過失として解雇を権利濫用と判断しました。
しかし、実際には会社側から事前に不正打刻の禁止とその処分に関する通知があり、被上告人もそれを熟知していたため、最高裁は原判決を破棄し再審理を命じました。参照法条は、民訴法394条、労働基準法89条です。
9-2.地位保全等仮処分命令申請事件
地位保全等仮処分命令申請事件は、阪奈中央病院における看護婦見習のタイムカード不実記入と無断欠勤を理由とした解雇の効力が争われた事案です。
裁判所は、解雇が労働基準法第89条に照らして解雇権の濫用に該当すると判断しました。タイムカードの不実記入は社会的ルールに反する一方で、被用者は未熟な年齢・経験にあり、雇用者は指導にあたるべきであるとされました。また、懲戒処分についても段階を踏む必要があり、正規の譴責が行われていない状態での解雇は過酷であると結論づけられました。
結果として、解雇は無効とされ、地位保全措置が認められました。参考法令は、 労働基準法89条です。
参考:公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会 地位保全等仮処分命令申請事件
9-3.解雇無効等請求事件
解雇無効等請求事件は、タイムレコーダーへの不正打刻を理由とした懲戒解雇の有効性を争った事例です。
会社側は、従来の出勤記録方法に問題があったためタイムレコーダーを導入し、不正打刻に対しては「依頼者・被依頼者共に解雇」と警告していました。被上告人は、従業員としてこの警告を承知の上で不正打刻を行っていました。最高裁は、このような事実関係において、不正打刻を「偶発的なもの」と判断した原審の認定を「合理性に乏しい」と破棄しました。
会社の警告や不正打刻の悪質性を考慮すれば、懲戒解雇は懲戒権の濫用とは言えないと判断しました。参考法令は、労働基準法89条です。
参考:公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会 解雇無効等請求事件
10.まとめ
タイムカードの改ざんは違法!弁護士と相談して法的手段を検討しましょう。
この記事では、タイムカードの改ざんが違法である理由とその背景について詳しく解説しました。タイムカードの改ざんは、労働基準法や労働契約法に抵触し、私文書偽造罪や詐欺罪などの犯罪行為と認定される可能性があります。
会社側と従業員側の改ざん理由も多岐にわたり、労働者の権利や企業の信頼を損なう危険性を持っています。タイムカードの不正改ざんへの対応は、まずは適切な勤務時間の管理、従業員教育、勤怠管理システムの導入などの防止策から始めるとよいでしょう。
また、タイムカードの不正改ざんにどのように対応したらいいのか分からないときには、労働基準法に詳しい弁護士に対応を相談することもおすすめです。
会社側は、弁護士のアドバイスを受けることで、タイムカードの不正利用を防ぐためのしっかりとした基盤を築くことができ、より良い職場環境と幸せな未来が開かれることでしょう。従業員も安心して働ける職場となり、個々のキャリアも一層充実したものになるはずです。